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英語が苦手でも!アラフォーでも!娘と二人三脚☆ガチンコセブ島親子留学を大公開!【モノリンガル母ちゃん*メグリン】

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英語が苦手でも!アラフォーでも!娘と二人三脚☆ガチンコセブ島親子留学を大公開!【モノリンガル母ちゃん*メグリン】

初めまして!
この夏からセブ島の英会話スクールCROSSXROADママインターンとして親子留学のお手伝いをさせて頂くことになったメグリンです。

突然ですが、皆さんは
親が英語苦手なのに、子どもが英語を話せるようになる訳ない!って思ったことはありませんか?

私は、そう思っていました。

「親が英語話せないのに。ハーフの子でもないのに。」と。

でも、当時の私に言いたいのです。
これは私の根拠のない決めつけ、自分自身が英語から逃げる言い訳だったんじゃないか?って。

そして、今現在、確かに私自身は未だ英語ビギナーレベルから抜けられないけれど、「6歳の娘はぐんぐん英語力を付けていっている」と感じています。
もしかしたら、子どもは環境ときっかけとチャンスさえ与えられたら、いとも簡単に親を超えるのかもしれない。
(飛躍ですが、、、羽生結弦くんのご両親も、恐らくですがハイドロブレーディングや4回転半出来ないはず!)

私は、難しいことは何一つしていません。

意識してきたことは、ただ一つ。

徹底して「親子で、英語を楽しむ」ことです。

それが具体的にどんな方法だったのか、私の生い立ちから家族で生活を送るようになるまでの経緯を振り返ながら、お伝えできたらと思います。

それでは、英語ビギナーの母ちゃんメグリン(私)と、2歳から英語に触れ始めたクルリン(仮名)6歳の二人三脚ガチンコ英語ヒストリーの始まりです!

最後の方~にエモい(熱すぎて感情が昂ぶる)私の夢があるので、是非最後まで読んでくださいね。

1. 生い立ち

幼少期・小学校まで

左は娘、右が私。

1975年1月28日生まれ。
個性心理學分類、正直なこじか。
本名は近藤めぐみ(娘と同じ顔)

年子の姉と8歳年下の弟に挟まれた中間子。
「お姉ちゃんばっかり~ずるい~」が口癖。

父の仕事の関係で幼稚園は2回、小学校は3回転校。
その後も2~3年おきに引っ越し。
繊細で優秀な姉に比べお気楽で、成績もフツ―。

中学・高校時代

中学時代、長崎で過ごしたからか異国を意識し始め、家庭内で一人キリスト教を信仰(ただの妄想)。
将来は国際結婚をしようと心密かに誓う。

高校卒業時、「CAになって世界中を飛び回り、寿退社した後は絵本の翻訳家になろう!」と思っていたが。。。
時代は、団塊ジュニアの就職氷河期、そして資格ブーム。
自分の夢への確信、自分を貫く強さを持ち合わせていたかったため
家族や先生の進めるまま、そこそこ向いてると思えた看護・教育の道を選択。

大学卒業後、教師・看護師として勤務

大学では流れのままに資格を取り、22歳から高校教師として4年間勤務。
看護師としては、一番性に合った精神科・心療内科でカウンセリングナースとして7年間勤める。

アラサーで結婚。苦難を乗り越え娘を授かることができました

ナースとして勤務しているときにアラサーで結婚。
現在、夫、娘6才、私の3人家族。本拠地福岡。出産後は不動産業を夫と一緒に営んでいます。

結婚したらすぐ子どもを授かると思っていましたが、辛くて長い不妊治療を経験。
やっと36歳で、宝であり、私たちの天使のような娘を授かることが出来ました。

そこからは、子育てを機に「自分の人生の生き直し」をさせてもらう日々です。

なかでも一番の収穫・そして転機は、「モンテッソーリ教育との出会い」×「英語の再勉強」。
英語に関してやり残した夢、それを呼び覚まさせてもらったことだと思います。

2.私の英語への想い

モノリンガルだって英語はできる!

モノリンガルってなぁに?

使っておきながら、つい最近まで私にも馴染みのない言葉でしたし、自分がモノリンガルであることも知りませんでした。

バイリンガルは皆さんの知っている通り、第二言語習得者。三言語以上でトリリンガル、それ以上をマルチリンガルと言います。

これに対して、モノリンガルとは、第一言語のみ習得した人のことを言います。

スウェーデンからホームステイに来た16歳の子はスウェーデン語と英語のバイリンガル。 日本語を身に付け今はトリリン。

ヨーロッパのいくつかの国は、同じ国民でも言語を話していたり、陸続きで国が存在する場合はバイ、トリ、マルチは多いようです。

このリンガル問題が、私の英語留学を選んだ理由に大きく直結したのも事実です。
というのも、「これまで私は英語を習うならネイティブ教師なのかな~発音とか綺麗そうだし」と漠然なイメージを抱いていました。

しかし今は、英語のネイティブスピーカーより、第二言語として英語を身に付けたフィリピン人の先生の教え方の方が、日本語しか話せないモノりんの私には、とても分かりやすくてベストな関係だと思っています。

実はここクロスロードに導いてくれたのも、福岡で出会ったフィリピン人英語教師だったんですよ。
この運命的出会いについても後日お話し出来たらと思います。

英語の必要性を感じたあるきっかけ

出典:NHK

チコちゃんに言わせると、「ボーっと生きてんじゃねーよ」的な私の人生に、ある日、ある衝撃が走ります。

チコちゃんとは

好奇心旺盛でなんでも知っている5歳の少女・チコちゃんが、岡村隆史をはじめとする大人の解答者たちに、正解できなかった大人は顔を真っ赤にして目から黄色い炎を出しながら頭から白い湯気を汽笛音とともに噴き出すチコちゃんに「ボーっと生きてんじゃねえよ!」と叱られてしまうという雑学番組

−出典:Wikipedia

「そろそろ子どもに英語を習い始めさせようと思うのよ。」と言う友人と、「子どもをバイリンガルにする方法セミナー」と言う講座を聞きにいったのです。
(その日私は心の中では「ハイハイ、バイリンガルとか無理ですから。英会話塾の口車には乗せられないぞ~。」と警戒心たっぷりでした。)

しかしその90分ほどの講座で、私は英語に関する考えが180度変わってしまったのです。

その講座で話をされた内容は主に以下のようなものでした。

  • 英語を聞き取る聴覚について
  • 1万時間の法則について
  • これからの子ども達が生きる社会について
  • 家庭内(母親の)役割の重要性について

そして、何をどうすれば良いのか、英語の必要性について具体的にお話をしてくださったように記憶しています。

この話がきっかけとなり、「ボーっと生きてんじゃねーよ」的な私の人生に一気に火が付きました。

それから始まる家庭内グローバル化計画


セミナーを聞いた夜は、脳が興奮してよく眠れませんでした。
危機感をあおられた訳ではなく、これから始まる英語ライフにワクワクが止まらなくなったんです。

その翌日には、英語ママサークルを作りました。
子育て英語を勉強したり、子どもの英語教材に関して情報交換をする気楽な会。
気恥ずかしいけど、日本人同士でトピックを決めて英語を話してみると、それがお互いを理解する機会になり、これまで表面的だったママ友とのお付き合いがすごく深いものになっていきました。

「お母さん達が楽しそうにしていたら、子どもも英語に興味を持ってくれるんじゃないか」って思って始めたこの英語ママサークル。

いつしかママ達が本気で英語を勉強する会になりました。

そうしていくうちに、「日本にいながら、家庭内で」英語環境を作ることが出来ないか、とホームステイの受け入れや日本語を学んでいる外国人との子どもも巻き込んだ交流が始まりました。

この経験は、後に親子留学した時に、娘がすんなり溶け込めるようになったことに、大きく影響したと思います。

大人がハッとさせられる「子どもの感覚」

それからというもの私は、家族と外国人の方と触れ合う機会をなるべくつくるようにしていたのですが、いつしか子どもは、誰が言い出したのかわかりませんが、彼らのことを「英語人」と呼んでいました。

人種や生まれた国やどこから来たか区別のではなく、英語を喋っているから「英語人」。
そして私たちは「日本語人」。

英語を知っていると、世界中の「英語人」と触れ合うことが出来る!
そう思うことは大人の私にも、無限の可能性を感じさせてくれました。

3.これまで挑戦してきた親子留学の経験

初めての親子留学~3週間オーストラリア・初ホームステイ~

娘が4歳、いわゆる年中さんの時に行った3週間のオーストラリア親子留学は、本当に勢いで決めました。
その当時、英語学習を親子で始めて2年が経ったので、習った英語をたっぷりアウトプットする機会を探していました。

そこで、たまたまオーストラリア人と国際結婚したママ友が、ご主人の実家に帰国するので「同じフライトなら、子ども同士も退屈しないハズ」と思い切ったのです。

そして、タイミングよく知り合いのエージェントさんにホームステイ先を探してもらえたので、決断しました。

この3週間のオーストラリア親子留学で得たものは一言では到底語れませんが。。。
あえて、まとめるとするなら、

  • 親子共に英語を学ぶ一生分の動機づけの完了(二人で同じ位置になって同じ方向を見始めた感覚)
  • 母と娘の信頼関係の強化
  • 母(私)自分自身の解放
  • 夢を共有できる家族との出会い

こんなことが挙げられると思います。

その留学中の私はというと、正直、撃沈でした。

20年ぶりに英語を勉強し始めて2年くらい経っていましたが、、。
オーストラリアに降り立った瞬間、そして5日間くらいは「やばい、早口過ぎて何言ってるか分かんない」状態でした。

子どものアクティビティを求めて図書館や美術館・博物館に行くのもコアラやカンガルーを見に行くのも全部人に聞いて、それでも分からず、泣きそうになりました。

4才の娘と手を繋いで異国の地をどれだけ歩き回ったか、、。

 

夜クタクタで、外食しまた英語を話す気力もなく、日本では許してない「Picnic on the bed」(買い出しして、ベッドの上で夕食。私はワイン付き)をしていた時のこと。

「ごめんね~母ちゃんの英語がへたくそだから、今日も道たくさん間違えてたくさん歩かせたね。」
って、思わずポロっと言ったら、、、

じっと聞いていた娘が「母ちゃん。私、母ちゃんの子どもに生まれてきて良かったよ。」って初めて言ってくれました。

 

私は、この夜のことを生涯忘れないと思います。

娘はここが海外であり、英語しか通じないことを理解し、小さな手で私を掴みながら、ず~っと横で私の必死な様子を見ていたんだと思うのです。

私は涙が止まらなくなりました。

オーストラリアの自然はとにかく大きくて、人も優しくて、その場に身を預けているだけで、緊張していた私たちの心を溶かしてくれました。

「地球に生まれて良かった~!」って体じゅうで叫んでるように見えた娘。

ゴールドコーストのビーチに連れて行った時、何かにとりつかれたように(ただ気持ちよくて楽しくて)叫んで走り出す娘の姿も印象的でした。

ホームステイもこれまで受け入れるばかりだったので、ホストではなくゲストになったのもいい経験でした。
大きくなってから(例えば中、高校生、大学生)で海外に出すのもいいけど、幼い頃から海外に連れ出すメリットを存分に感じることが出来た、本当の意味でも英語スタートとなった大きな一歩でした。

2度目の親子留学~7週間セブ島クロスロード~

人生の流れを変えることになったオーストラリアでの親子留学でしたが、ひとつだけ、思い残すことがありました。
それは、現地の学校に娘を単身投入することです。

それが実現したのが、娘5歳年長の夏、クロスロード7週間の親子留学でした。
私はクロスロードでマンツーマン英語レッスン、娘は現地のモンテッソーリ幼稚園へ。

唐突ですが、親は子育てを色々悩むけど、究極的に、子どもにとって一番大切なことそして、唯一それさえあれば良いことって、

『愛されること』

ではないかと思っています。

それが海外であるにも拘らず、叶ったのがこの2度目の親子留学でした。
クロスロードは例えると「セブ島の中の小さな日本村」そしてその村人たちはいつも穏やかで優しい。(かつ皆、英語を必死に勉強している。この村では英語の勉強や出会いがお仕事なのです。)


娘は、朝起きて、食堂で「おはよう!これから学校?すごいね!頑張ってね!」とスタッフさん、ハウスキーパーさん、生徒さん達に声をかけられます。

それから園に行くと、時には生徒の数より多い先生たちに「よく来たね!」って声をかけられ、手取足取りチヤホヤ攻撃。
そして帰宅すると、フィリピン人講師にも「おかえり~!学校どうだった~?」と歌うような英語で声をかけられ、はたから見ても幸せそうな滞在でした。

そして、私も皆さんに支えられて、日本での暮らしよりずっと穏やかで満たされた気持ちになったのでした。

実は、この滞在で得たものについては、クロスロードの親子留学体験談にたっぷり感想を書かせて頂いたので、詳細を知りたい方はぜひご一読ください。

こちらより👇
旅人英会話スクールCROSSxROAD 親子留学コース体験談

 

まさかの3度目の親子留学~返り咲きクロスロード無期限滞在~

今通っている娘の小学校からの眺め

1年前のクロスロード留学中、実はセブ島内のモンテッソーリ小学校見学もしました。

1ヶ月娘を地元の幼稚園に送り、娘の英語力は何とかなると自信をつけた私は、「小学校の低学年で2年くらい英語圏に留学出来ないか?」と夢を持ち始めたのです。

モンテッソーリ教育をもう少し受けさせたいと言う気持ちもありました。

モンテッソーリ教育とは

イタリアのローマで医師として精神病院で働いていたマリア・モンテッソーリは知的障害児へ感覚教育法を施し知的水準を上げるという効果を見せ、1907年に設立した貧困層の健常児を対象とした保育施設「子どもの家」において、その独特な教育法を完成させた。以後、モンテッソーリ教育を実施する施設は「子どもの家」と呼ばれるようになる。

−出典:Wikipedia

学校を実際に見てみて、オリエンテーションも受けて、他の国と比較しても、セブ島は英語・モンテッソーリ教育ともに充実していると感じました。
その割に、オーストラリア等と比較しても学費、家賃、生活費、必要経費を考えた時、かかる費用が各段に低い。それも決め手になりました。

そして、時を同じくして、前回の留学でも大変なお世話になったクロスロードミユさんとの出会い。
偶然にもミユさんも、ご自身の子育ての経験から、親子留学を本気で進めたいと思っていらっしゃるタイミングでした。

それが、今回の滞在に繋がった、という流れです。
とはいえ、娘が学校を気に入らなかったら「アウト~!」(帰国を意味する)でしたが、無事に学年を落とさず小学校1年に入れて、娘は「セブの学校大好き!」と気に入ってくれているので、何よりほっとしています。

4.私の人生・子育てについて〜これからの想い〜

一見大胆に見える行動の裏には、不安と自信のなさでいっぱい。

色々と長く経緯を書かせて頂きましたが、皆さんには私の行動が、自由で大胆にうつるでしょうか?

これでいいのか?
自分のやっていること、選択は間違ってないだろうか?
果たして、これは娘のためになることなのか?

実は、突然不安に襲われることもあります。
自分の都合で引きずり回して、何かあったらどうしよう。
日本にいて、家にじっとしてる方が何のリスクもないんじゃない?って、時々思います。
いつだって迷走中で、の私なのです。


でも、もともと正解なんてない子育て、、。
それなら自分が、悔いのないように走るしかないのかな、とも。

英語を一緒に勉強していますが、実は英語は二の次と思っています。

小さくても広い世界を見せ、私が生きるうえで大切と思っていることを心に沁み込ませたいのです。

人間への基本的信頼感:「時に騙されてもいい。信じて。」
自分、他人への肯定感:「自分で自分を幸せにして、他人のことも認めてみて。」
多様性:「世の中にはいろんな人がいる。それでOK。」

頭じゃなくて経験で感じて欲しい。
そんな風に思ってます。

日本人カップルの日本人の子どもですから、決して日本語や日本文化をおろそかにはしていないつもりです。
私自身も、むしろ、英語や国際交流、親子留学を始めたことで、日本人としての意識の高まりを感じました。

私には、「日本人として育てたい」と言う強い想いがまた根底にあるのです。

「こどもが幸せなら私も幸せ」でもそれだけでいいの?

クロスロードの若者達と卒業ご褒美巨大ピザで最後の夜。頑張ってる若者達に娘の将来を重ねました。

やっと授かった、たった一人の娘。
居なかったかもしれない子だからこそ、変な話、私は産んだだけ。
今世で預かり、育てる役割をもらっただけ、と思っています。

でも、本当は一瞬でも離れたくない、私や私の夫、家族にとっても愛しい娘。
自分のことそっちのけで必死に育ててきた赤ちゃん時代。
「娘の幸せが私の幸せ」それでいいって今でもついつい思ってしまいます。

でもその反面、過剰な愛情でがんじがらめにしたくない。

 

娘もいつか、きっとあっという間に大きくなって、自立して、、、
その時に、出来るだけ自由に、遠くへ、想いのまま娘が飛び立てるには、

母親である私が幸せで「お母さん、人生楽しんでる。だから私も好きにしよう。」

娘にもただただ、そう感じて欲しいのです。

最後に。これからの私の夢

と、言うことで今、私にはこれだけは頑張ろう、と言う目標があります。

「英語ペラペラの幸せばあちゃんになる」
「娘が巣立つとき、私は自分自身が楽しんでいよう。」

 

ホームステイも自分のためにずっと受け入れたいのです。
受け入れた子や出会った方の国、全部行ってみたい✨

娘が気まぐれに帰ってきても、どっかの知らない外国人がいて、孫よりそっちを可愛がる、若い子に元気をもらうおばあちゃん(エキスを吸い取るとも言う)。

娘が電話してきたときは、世界のどっかの国をほっつきまわっていて。
「お母さん、今どこいるの?また海外?」って呆れさせたい✨

英語の勉強って本当にキリがなくて、娘が成長するのを待っていても間に合いそうにない。
体力もいつまで続くことやら。

だから、子育てしながらも自分の人生も大切にして、いつまでも何かしら目標を持っていたいのです。

 

以上が、「英語苦手でも!アラフォーでも!」私が今ここ、セブ島クロスロードにいる理由兼プロフィールでした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

この記事を通じて、親子留学を検討している方をはじめ、子育てで悩んでいるママさんにも何かが届いてくれると嬉しいです。

 

長くなりましたが、これからはセブ島生活を送る私たち親子の話に続いて、クロスロードのことや親子留学情報を発信できたらと思いますので、そちらも読んで頂けると嬉しいです。

どうぞこれからもよろしくお願いします✨

この記事を書いた人

モノリンガル母ちゃん*メグリン
福岡出身の6歳一人娘をもつアラフォーママ。育児を通じて英語とモンテッソーリ教育にハマってしまい、両方の環境が揃うセブ島に移住。日本人向け英会話スクールCROSSXROADの親子留学コースのインターンとして奮闘しつつ、娘を現地のモンテッソーリ小学校に送っている。まだまだ英語はビギナーの域。

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